13/07/2026
【福井繊維ものがたり⑤】ガチャ万景気
「ガチャ万」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。
1950年(昭和25年)、朝鮮戦争が勃発すると、軍需に伴う繊維への需要が急増しました。織機が「ガチャ」と1回動けば「万」のお金が手に入る──その好況ぶりから「ガチャ万景気」と呼ばれました。
当時の1万円がどれほどの価値だったか。1950年の大卒初任給が約5,000~6,000円ですから、織機が1回動くだけで月給の約2倍が得られる計算です。
この年は繊維業界にとって大きな転換点でもありました。人絹糸と人絹織物の価格統制が解除されたのです。戦時中から続いていた政府の価格統制がなくなり、自由に取引ができるようになった。戦前に「人絹王国」を築いた福井産地は、統制解除と特需のダブルの追い風を受けて、一気に息を吹き返しました。
しかし、その恩恵は均等ではありませんでした。
福井大学の大橋祐之氏がまとめた研究によれば、創業間もない零細機業場の中には、まだ安定した生産体制が整わず、好景気の実感が薄かったところもあったそうです。半木製の織機3台で創業したある機業場は、ガチャ万景気の恩恵とは「無縁だった」と当時を振り返っています。
その機業場は、朝鮮戦争停戦後の反動不況にも耐えながら、地道に技術を磨いていきました。やがて織機を15台、32台、54台と増設し、数十年かけて福井最大級の人絹機業場へと成長していくのですが──それはまた別の機会に。
華やかな「ガチャ万」の裏側には、好景気に乗れなかった人たちの地道な努力があった。その積み重ねが、福井の繊維産業の厚みを作ったのだと思います。
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