05/06/2026
まえがき
毎週末、父が新聞の間に大量に挟まれた折込み広告を抜きとり、新聞を広げる。
当時は新聞以上に厚く挟まれている広告を傍らに置き、私はそうやって無造作に置かれた広告のなかに週末に入る住宅の広告をみつけると、憧れの新しい白く明るい家に想像をめぐらせては、なんでウチはこんな古い家ばかりなんだと父を恨めしく思ったこともある。
古いものとの暮らしは私が幼少期にまで遡る。
古い洋館に住むのが好きだった父のせいか?おかげか?子供の私には恐怖でしかない、当時和洋折衷の古い一軒家の借家に住んでいた。
1軒目は木製の両開きのフランス窓は重くて建付けも悪くなっていたし、窓ガラスも固くて子供の手であけるにはひと苦労で、急な階段からは何度も落ちそうになった。2軒目に引っ越した家もやっぱり古い洋館だった。
真鍮のドアノブ、天井から下がった乳白色のガラスシェード、ステンドグラスをはめ込んだ玄関…。
子供の頃の記憶はなぜか接写のように切り取られて、触ったときの手の感触や家の匂いとともにふいに引きずり出される。今思えばそんな幼い頃の日常が記憶に深く刷り込まれて、私は今も古いものに囲まれることに安心感をおぼえるのかもしれない。
第1章 リネン編
亜麻と出会ってから私の暮らしにはひとつ芯のようなものができたように思う。生活のまんなかにリネンがあって生業にもなった。だからこそ私は麻という素材を俯瞰に見たいと思っている。古いとかあたらしいとか関係なくただ1枚の布として価値をみつめたい。
100年以上前のアンティークリネンは手紬、手織り、手縫いで、言葉にしがたい趣深さがあって私の暮らしにはかかせない存在になっている。
しっかりと織られた粗野な風合いの亜麻のシーツを、私は寝室のカーテンに仕立ててつかって長�